「シンクー!」
廊下に目的の背中を見つけ、アリエッタは華奢な体を震わせて叫んだ。実際はそれほど距離が離れているわけではなかったが、彼を呼ぶ時は何故か、いつも以上に力を入れてしまう。そうしないと怖気づいてしまうというか、言葉を飲み込んでしまうというか。それは決して、彼が恐いとかそういうことではなく、むしろ、恥じらいに近い。彼女はそれを「恋心」だとかそんな甘い感情だと認識してはいなかったが、それでも、彼が自分にとって特別な存在だと薄々感づいてはいた。
名前を呼ばれた彼はくるりと、身軽な動作で振り向いて、「何?」と言う。いつもの、部下の兵士などに対するような冷たいそれではなく、若干の優しさと親しみが込められている気がするのはきっと、アリエッタの自惚れではないだろう。そう考えると嬉しくなって、彼女はにこにこと微笑みながら、歩みを止めて待っているシンクの元に駆け寄った。
「これあげる、です」
そう言って握りこぶしを作った右手を差し出す。一瞬、じっとその手を見つめていたシンクだったが、嬉しそうに微笑むアリエッタに視線を移し、それから彼女の「これ」を受け取るために手を差し出した。
アリエッタは拳を解いてシンクの手のひらにぽとん、と大切に握り締めていたものを落とした。
「・・・何、これ」
自分の手のひらに乗せられたものを見てシンクが言う。
「石、です」
アリエッタは未だ上機嫌に答えた。
彼女が手渡したのは親指ほどの大きさをした半透明の緑色の石だった。僅かな光りにも反射してキラキラと輝くそれは確かに綺麗だったが、道端に落ちていれば他の石ころと何ら変わりない。
「石だってことは見ればわかるよ。馬鹿じゃないんだから。どうしてこれをボクにって、聞いてんの」
シンクが問うと、アリエッタは「だって」と言って目を瞬かせた。
「きれいな緑色だったから・・・シンクと同じだと思った、です」
「はぁ?」
「シンクがきれいだから、これと同じだから、あげる、です」
シンクはアリエッタを黙って見つめた。
何も言わないシンクにアリエッタは少し不安になったが、何も言わずに彼を見つめ返した。
やがて、小さな溜息と共にシンクが口を開いた。
「きれいって、それ、男に対する褒め言葉のつもり?」
アリエッタは首をかしげた。その様子を見て、シンクはもう一度溜息をつく。
「まぁいいけど。もらっとくよ」
「嬉しい?」
「別に。ただの石だし」
「う・・・・・・」
その言葉を聞いた途端、それまで微笑んでいたアリエッタの眉が下がり、見る見るうちに目に涙が溜まる。それに気づいたシンクは慌てて「泣くほどのことじゃないだろ」と言ったが、アリエッタはふるふると首を振る。
「・・・っわかったよ! 嬉しいよ、もらえて嬉しい。ありがとう。これでいい?」
ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめて尚もアリエッタは首を振る。
シンクは苛立ったように「あーもう!」と言って、頭を掻いたかと思うと、彼女の頭に手をやり、
「ありがとう、アリエッタ」
あ、とアリエッタは思った。優しい。彼はきっと、心からそう言ってる。
「ありがとう、です」
自らもそう言うと、彼女は目尻に涙を溜めたままにっこりと微笑んだ。
どきどきする。彼の綺麗な緑色を見ると。
それは大好きだったあの人に似ているからという理由ではないと、アリエッタは気がついていた。
これはもっと別なもの。彼だけに芽生える、特別な感情。
今度はピンク色の石を見つけよう。そしてまた彼にあげたら、彼はきっと、喜ぶだろう。
そう思ったら急に嬉しくなって、ぎゅっとシンクの腕に抱きついた。
何なの急に、などと彼は騒いでいるが、アリエッタは微笑んだまま。
――大好き。私の、きれいないろをした、きれいな、あなた。
end
どうしてアリエッタ視点にしてしまったのだろうか。
書きにくくて仕方ありませんでした。
シンクはアリエッタに弱い感じを希望します。
2006.7.31.ありさか
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