注 パラレル設定です。捏造です。
  ED後、シンクとアリエッタは生存していることになっています。
  儚く切ないのが彼らなんだ!という方は閲覧をご遠慮下さい。
  大丈夫、生きてるなんてむしろ大歓迎!という方は下へスクロールお願いします。
























































すべてが終わってから、数ヶ月が経った。
世界を変えようと、元神託の盾の主席総長を中心として発動した計画は緋色の髪をした青年とその仲間達によって終焉を齎され、仲間と呼べるほど絆が強かったわけではないが、共に途方もない時間を過ごした人間達はほとんど、死んだ。生き残ったのは、かつての師を復元させることを夢見た愚かな科学者と、一途に想い続けた導師を失い、彼と育て親の敵討ちも失敗に終わった哀れな少女と、おそらく一番「死」を切望していただろう少年だけだ。


少年は今、ダアトの一室に隔離されている。そして生き残りの二人も、同じくどこかの部屋にそれぞれ隔離されているのだろう。
世界を滅ぼし新たな世界を作るという途方もない計画に荷担したことについての罪の審議が今、問われているのだ。それが終わるまでは責任と称して命を絶たれることも、釈放という不便な自由を得ることもない。ただ部屋の中でじっと、時が過ぎるのを待つのみだ。
自分に未来はない、と彼は思っていた。審議がどう転ぶにしろ、自分は代用品にすらならなかった単なる肉塊だったのであり、この世に存在してはいけないものであり、必要のないものだと考えているのだ。そして、自分にはなにもないのだ、と。
だから結局は同じだと。「消える」という選択肢しかないのだと。


ノックの音が聞こえた。時計を見て僅かに首をかしげる。この部屋に誰かが訪れるのは一日三回の食事が運ばれてくる時だけだが、今はそのどれにも当てはまらない時刻だ。審議の結果が出た、というのでもないだろう。先日、食事を運んできた人間に尋ねてみたら、ダアト、キムラスカ、マルクトの代表によって行われているそれは、些か意見が対立し、すぐにまとまるような状況ではないと言っていたからだ。
では、何だ?


少年が返事をする前にドアは開き、見慣れた制服を着た兵士が「面会を許された」と告げた。「面会?」と聞き返すと、兵士は「幹部の方々のご好意だ」と言い、こっちへ来いとジェスチャーして見せた。それきり何も言わない兵士を一瞥しつつ、彼は言われたとおりに部屋を出た。廊下では二人の兵士が待機していて、先ほどの兵士が先頭に立ち、その二人は彼の両側に立った。徹底した監視っぷりだ。この期に及んで逃げるなんて無様な真似はしないのに、と彼は思ったが、口には出さなかった。きっと、この兵士達も好きでこうしているわけではないだろう。


見慣れた廊下をしばらく歩かされ、建物の奥にある一室の前で、兵士は足を止めた。少年の記憶では、以前は空き室だったところだと認識しているのだが、今は面会室として使われているのかもしれない。それでなければ、兵士達がここに彼を連れてきた意味がない。「入れ」という声と共に開かれたドア、その向こうに、椅子に座るピンクの髪の少女が見えた。


きゅっと、胸が締め付けられる感覚がした。


少女はいつものぬいぐるみを抱きしめ、不安そうな表情を浮かべながら、ドアの前に立つ少年をじっと見つめていた。鮮やかな赤い瞳。しばらく見ていなかったそれに、懐かしさが込み上げる。
いや、懐かしさだけではない。彼女に触れたいと思うその感情、それはきっと、愛しさ。


「面会時間は十分だ。我々は外で待機している。妙な気を起こさぬように」


武器の類はすべて取り上げられているし、術を使おうにも捕らえられた時点で封印されてしまっている。妙な気を起こすも起こさないもないだろう、と少年は鼻で笑う。
ドアが閉まり、完全に彼女と二人きりになるのを待ってから、彼は彼女の机を挟んだ向かい側に腰掛けた。
少女の目は少年を捉えて話さない。


「久しぶりだね」


少年が言うと、少女はぎゅっと唇を噛んだ。目が潤み始めたところを見ると、泣きそうになったのを堪えたらしい。以前ならすでに涙を流していただろう。こう思うと、この少女も成長しているのだ。


「・・・っシン、ク」
「何?」


ふっと息をついてから、少女は涙声で、しかしはっきりと言った。


「会いたかった、です・・・・・・」


ストレートな言葉に、少年は「うん」と短く返した。ボクもだよとか、そういう類の言葉を返してやることが出来ないのは、捻くれた性格ゆえか、それとも、再び彼を支配した「自分は不要なもの」という意識ゆえ、か。彼は今、戻ってしまっていた。自らが「からっぽ」と称した頃の自分に。


アンタと過ごして、変わったはずだったのにね。


目の前の少女を見て思う。あの頃、確かに彼は幸福だった。幸福の意味も知らないほど無知で無感情ではあったが、確かに、あの頃は、幸福だったと思える。
それが壊れたのは、途方もない計画が持ち上がった時か、彼女が導師を想い続けるあまり守護役に決闘を申し込んだ時か、もしくは、すべてが終わった時か。


どうしてボクは生き残ってしまったんだろう。


どうしても考えてしまう。もしあの場で死ねていたら。死ねていたら。死ねていたら。


「シンク・・・何を考えてるの?」
「何だと思う?」


意地悪くそう返してみた。
少年とて、わかっているのだ。生き残ったものは仕方がない。今は彼女との再会を喜ぶべきだと。彼女をこれ以上不安にさせてはいけないのだと。理解しているのだ、しかし、止まらない。渦巻く悪い思考が全身を飲み込んでいく。


「・・・もし、これから、自由に生きられるとしたら・・・」


ぽつり、と彼女が呟く。少年は俯き気味になった彼女を見る。元より華奢だった肩がますます細くなったようだった。


「シンクは、どう、するの?」


ずん、と胸に鉛が乗ったような感覚に陥った。どうしてそんなことを聞くのだろう、この少女は。
一体、なんて答えて欲しいのだろう。なんて答えればいいのだろう。なんて。なんて。


「・・・・・・さぁね。ボクはどうせ、いらない存在だからさ」


だから、どうだっていいだろう? むしろ、消えた方がいいかもしれない。そうだろう?


頬杖をつき、軽い口調で言ってやった。自虐的な響きを含んでしまったが、仕方がないと諦めた。今更、格好をつけることでもない。からっぽなんだから、と少年は自分に言い聞かせる。からっぽなんだから。からっぽ。


「どうしてそういうことをいう・・・の」
「どうしてって」
「・・・っアリエッタは・・・!」


少女はガタン、と椅子から立ち上がり、きつくぬいぐるみを抱きしめて、ぎゅっと目を閉じた。


「アリエッタは・・・シンクに、幸せになって欲しい・・・です・・・!」
「・・・・・・アリ」
「幸せになって・・・笑っていて欲しいだけ、なの・・・悲しそうなシンクはもう見たくない・・・生きて・・・っ」


泣き叫ぶように、言う。最後のほうは嗚咽に混じってよく聞こえなかった。
それでも、少女の気持ちは痛いほど伝わってきた。そして、幸福だと思えたあの頃の記憶が、感情が、感覚が、ふっと、少年に戻ってきた。まだ微かに。だが、はっきりと。


鼻の奥がツン、とする。


ねぇ。もしかしたら、ボクは、やりなおせるのかな。
レプリカとしてじゃなく、ただの肉塊としてじゃなく、六神将としてじゃなく、人間として。
ねぇ、もしそうだとしたら、お願いだから、


「そばに、いてよ」


無意識に言葉が口から零れた。彼自身、自分の発言に驚いたが、撤回しようとはしなかった。大きな目に涙を溜めたまま、少女がじっと少年を見つめる。


「アンタがそばにいてよ。幸せになって欲しいと思うなら、笑って欲しいと思うなら、アンタがそばにいてよ。もうボクから離れないでよ。他の誰のことも見ないで、ボクだけを見てよ。ボクだけを・・・・っ」
「シンク」


激しく紡ぎだされる言葉を波を、少女はぴたりと止めて、ふわりと微笑んだ。


「アリエッタは、もうずっと前からシンクのそばにいて、シンクしか見てない、です」


そう言ったかと思うと、少女はトコトコと机を横切り少年の前に立ち、抱きついた。一瞬うろたえた少年だったが、久しぶりに感じた彼女のぬくもりと、自分を抱く強い力を愛しく感じて、静かにその細い体に手をまわした。


「・・・生きる、の」
「・・・うん」
「いらないなんて、もう言わない、の」
「うん」


少年は心が満たされていくのを感じていた。きっともう、からっぽじゃない、ような気がする。それが確信に変わるのはきっと、もっと、ずっと、先のこと。それでも、僅かに芽生えた希望を大切にしたいと思ったから。


「時間だ。外へ出ろ」


兵士が部屋に入ってくる。少女はそっと少年から離れ、また、涙を零した。少年は指でそれを拭ってやり、無意識だったが、微笑んだ。


兵士に促されて立ち上がり、部屋を出る。言葉はもう交わさない。ただ、重なった視線で、もう大丈夫だと互いに確信していた。
元の部屋へ戻る道すがら、少年はこれからのことを考えた。未来のことを考えるなど、今まではほとんどなかったことだ。


審議はまだ終わらない。罪を問われて拘束されるか、命を絶たれるか、それとも、他の何かか。まったくもって見通しがつかない。ただ、生まれて始めて、生きていたいと、それだけを思い、願う。
彼女のそばにいたいから。彼女にそばにいて欲しいから。からっぽの自分に注がれたこの感情を、もっと大切にしたいから。


廊下の窓から明るい日差しが射し込んでいる。ああ、いい天気だな、と少年は思った。
そう遠くない未来、彼女と一緒にその日差しの中を歩けるようにと祈りながら。














end











ダアトの廊下には窓がないと気づいて泣きたくなった。
生存パラレル(ED後捏造)はまた書きたいと思います。
だって幸せになって欲しいんですよ・・・。
ところで、アリエッタの口調が掴めません(重大問題)



2006.8.1.ありさか