彼と彼女の間には一筋の線が引かれていた。彼はその線を越えて彼女に触れようとはせず、彼女もまた、その線など存在しないかのように上手く彼と距離をとった。それは彼女の本能に基づく防衛なのか、それとも排他的な部分を持つ彼女が示した拒絶なのか、彼には判断しかねた。ただ理解しているのは、その線を越えた時、彼らの関係は今のようにはいかなくなるということと、彼女の方からその線を越えようとする意思は、まったくもって見られないということだ。


無意識に風に靡く長い髪を目で追いかけながら、ジェイドは考える。「好きです」と言ってしまうことは簡単だが、だから何だ、と問われた時の切り返しに困る。彼女ならきっと、そう返してくるだろう。そんな気がしていた。そう、彼女は決して断らない。ごめんなさい、などとは口が裂けても言わないだろう。いや、言えないのかも知れない。彼女の持つ彼への想いが、彼の推測通りであるのならば。


真っ直ぐに引かれた線の両側、彼らは歩き続けている。平行線上のまま、先は果てしなく続いている。きっと、いつか彼らの生がひっそりと幕を閉じるまで。


このまま甘んじているつもりでいた。少なくとも、少し前までは。しかし、ときおり見せる切なげな青い瞳が、寂しげな微笑が、偶然触れた指先の冷たさが、その決意を揺るがせた。いや、もしかしたらそれらは単なる言い訳でしかないのかもしれない、とさえジェイドは思う。ただきっかけがあれば良かった。一線を越える理由が作れさえすれば、それで。


静寂が横たわる部屋の中で、ジェイドは彼女に触れた。驚いた表情が彼を見上げる。左手は彼女の背に、右手はひんやりと冷たい彼女の頬に添えた。


「あなたが、好きです」


簡素な言葉がじわりと静寂に溶け込む。余韻すら消え去った頃、ようやく彼女が「大佐・・・」と掠れた声を出した。彼女の排他的な部分が、その瞬間、脆くも崩れた。代わって現れたのは、切なげに歪められた表情だった。彼女は迷っているに違いなかった。心の底に沈殿する想いが浮上してくるのを感じて、そのままそれを水面まで浮かせてしまうか、それとも、二度と上がってこないように重しをつけて再び沈めてしまうか。彼女は意志の強い人間であることをジェイドは重々承知であり、だからこそ、このままだと彼女は後者を選ぶのだろうと予測していた。


つまるところ、今しかないのだ、彼に与えられたチャンスは。


ぐっと背に添える手に力を込めると、反射的に彼女は手でジェイドの肩口を押し返した。ささやかな反抗、しかしそれは大した意味をなさず、吐息がかかるほど接近した鼻先で、彼女が懇願に近い声を出した。


「だめ・・・大佐・・・っ!」


彼女の懇願を、彼は聞き入れなかった。重なった唇の冷たさを感じながら、とうとう線を越えたのだと彼は思った。


彼は彼女が好きで、そして彼女もまた、彼を想っていた。しかし彼と彼女の間には一筋の線が引かれていた。彼はその線を越えて彼女に触れようとはしなかったし、彼女もまた、その線など存在しないかのように上手く彼と距離をとっていた。それが今、同じ線の内側に、彼らは、いた。


このままずっと、今までと同じような、もしくは今までよりも良好な関係を維持することは不可能だと彼らは気がついていた。けれど、今なら引き返せると考えた数秒後には互いにその考えを打ち消していた。


幾度となく口付けを交わした。それまでのことも、今のことも、これからのことも、考えてたくはないと思った。ただ、この瞬間に想いが繋がっていればそれだけで良いのだ、と。


線を越えた二人の関係に、未来などありはしないのだから。










end








匿名の方より頂きました、Thanks1000hit企画第六弾でした。
ジェイティアでキーワードは「シリアス」「ジェイド片思い」というリクエストでしたが、
あれ、何故かさり気なく両想いに・・・・・・(滝汗) ご、ごめんなさい。
短くまとめてしまいましたが、シリアスな雰囲気は出せたかなと思っております。
お気に召していただけると良いのですが・・・・・・。


リクエスト、ご拝読、共にありがとうございました。また、執筆が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。



12.23 ありさか