「何あげた、の?」
人の行き交う廊下の真ん中で後ろから上着を掴まれて歩みを妨害されたかと思えば、桃色の瞳が切なげに見上げてくる。ディストは彼らを疎ましげに睨む視線や時折、肩と肩が触れ合うその感触に対し顔を歪めて舌打ちをし、「何の話です?」と視線を前方へと戻しながら言う。上着をつかまれたまま無理に歩こうとしてはみるものの、日夜部屋に篭ってばかりいてろくに体力もない彼が、少女とはいえ実戦へ赴くオラクル兵士の力に敵うはずもなく、一歩踏み出してもまた、後ろへと引き戻されてしまった。
「アニスに、何、あげたの?」
仕方なく振り向いてやると、アリエッタはきゅっと眉を寄せてディストを睨みつけていた。どうやら怒っているようではあるが、彼女の質問とその怒りの原因が不明だ。上手く結びつかない。中指で眼鏡を押し上げながら「何って・・・・・・」と困惑した表情をする。彼女はどこからそのことを聞いてきたのだろう、と考えながら。
「別に、あげたというか、トクナガを巨大化するように改造した、それだけですが?」
「トクナガ・・・・・・?」
「アニスが背負っているぬいぐるみですよ」
「ぬいぐるみ・・・・・・」
アリエッタは呟きながら俯いてしまう。ほんの少し上着を掴む手が緩んだのを感じて、今だ、とディストは歩き出す。しかし、彼女は反射的に手からすり抜けていく布を掴み直したらしく、やはり前進することは叶わなかった。立ち止まったところ、また誰かの肩が無遠慮にぶつかってきて、ディストはとうとう「何なんですか!もう!」と両手と片足を振り上げてから降下させるというオーバーリアクションと共に叫び、くるりとアリエッタに向き直った。
「言っておきますけどね、私はあなたに構っていられるほどそう暇ではないのですよ! おわかりですか? この秀でた頭脳が弾き出す数々の研究を実現させるためには、一分一秒たりとも無駄にはで」
「ずるい、です!」
「・・・・・・は?」
台詞を遮られた挙句、意味のわからない言葉を叫ぶアリエッタに、思わず間が抜けた声を上げてしまう。見下ろした彼女の顔は今にも泣き出し
そうに歪んでいる。
「アニスばっかり・・・・・・! ずるい、です!」
そんな事を言われても、とディストは困ったように立ち尽くす。彼がアニスのトクナガを改造してやったのは、一方的な(ディストは気づいていないが)友情を抱いた結果である。アリエッタとアニスが犬猿の仲だということは周知の事実だが、特にアニスに肩入れしているというわけでもない。それだからなおさら、アリエッタは「ずるい」と言って泣きそうな表情をする理由も不明だ。
ほとほと困りきってただぼんやりとアリエッタを見下ろしていると、彼女の手が、今度は彼の手首をがしっと掴んだ。
「アリエッタ、にも」
「は?」
「アリエッタにも、作る、です」
本日二度目の間抜け声を出して聞き返すと、彼女は真剣な表情そのもので言う。要するに、自分にもアニスと同じものを作って寄こせという意味だろう。しかしそもそも、アニスの場合はベースとなるぬいぐるみが存在していたのであり、ただ少し手を加えてやるだけで完成した、何とも簡単なシロモノである。ところがアリエッタにはベースとなるぬいぐるみは存在せず、ただ(おそらくは)アニスと対等な位置に立ちたいがための要求なのだろうその言葉は、自分の研究に全力を注ぐディストにとって面倒なものでしかない。だが、適当な理由をこじつけて断ろうにも、彼を見上げてくる桃色の瞳は強く、彼の口から否定の言葉を出させないようにする威力があった。
このまま廊下の真ん中で無駄な時間を消費するわけにもいかず、だったらいっそ引き受けてしまって、さっさと終わらせる方が良いのでは、という結論に達したディストは、渋々ながら「わかりましたよ」と溜息と共に吐き出した。
こういうわけで、ディストはアリエッタのためにアニスと同様のものを作ってやることにした。とはいえ、トクナガは元々アニスが持っていたものであるため、まったく同じものを復元することは難しい(不可能ではないが、手間がかかって面倒だというディストの見解である)。そのため自室へと戻る道すがら、新たなデザインを頭の中で組み立てた。
まったく、無駄な時間を過ごす羽目になってしまったと彼は思う。しかし、歩き出す寸前に見た彼女の顔に、あまりにも嬉しげな微笑みが浮かんでいたものだから、たまにはいいかもしれない、と思ってもみる。絶滅種並に珍しい思考だった。
ポケットに両手を突っ込み猫背気味に歩くディストの後ろを、先ほどと打って変わって機嫌の良さそうな表情をしたアリエッタがトコトコとついて行った。
「出来ましたよ」
あれから二時間ほど経った頃、ディストはずいとアリエッタの前に布の塊を突き出した。それはお世辞にも上手い、というよりもセンスが良いとは言えず、アニスの場合はベースとなるぬいぐるみが存在していたために成功したのだろうという事実が伺える。明らかに左右のバランスが違う、悲惨極まりないぬいぐるみを受け取ったアリエッタは、三秒ほどそれを黙って見つめていたかと思うと、ぎゅっと胸に抱きしめた。その様子を見る限り、どうやら気に入ったようだ。ディストはほっと胸を撫で下ろす。これでようやく、彼女から解放される。
「さぁ用が済んだのなら出て行って下さい。何度も言うように、私は忙しいのですからね!」
ふん、と鼻息を漏らして言う。そしてくるりと机に向き直れば、すぐに後ろから「ディスト」と呼ばれる。「まだ何か用ですか」と律儀にも振り返ってやれば、やわらかな笑みを浮かべた彼女の視線とぶつかる。
「・・・・・・ありがとう」
静かに紡がれたその言葉がやけに嬉しく感じて、ディストは「別に」とわざと彼女から顔を背けた。
end
あくび様より頂きました、Thanks1000hit企画第五弾でした。
キーワードは「ほのぼの」、それから「共同制作(?)」という微妙な(笑)ものでしたので、
あくびさん、難しいよ!と思いながら書きました(あくびさんはオフのお友達です)
本当はきちんと共同制作部分があったのですが、何故か導入部分(冒頭)が長引いてしまい、
明らかに他の企画作品よりも長くなってしまうおそれがあったので、大幅カット致しました(ぇ)
ごめんなんさい、申し訳ありません、許して下さい。
お友達だからって手を抜いたとかそういうことでは決してないです(必死)
いつもに増して駄作ですけれど、少しでも気に入って下さればと思います。
リクエスト、ご拝読、共にありがとうございました。また、執筆が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
2006.10.9 ありさか
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