朝起きたときから、何となく気だるい感じはしていた。しかし、体調管理は基本中の基本だと思っているシンクにとって、それは体調不良によるものだということは信じられなかったし、信じたくなかった。一体、自分のどこに非があったのいうのだろう。確かにここのところ少々多忙な日々が続き、睡眠時間は削られ、食事もあまり摂れているとは言い難かったが、それでも出来る限り気を配っていたはずだ。
もし、自分が体調を崩して仕事を休んだとして、その穴は誰が埋めるのだろう、と考える。組織のサイクルとそこで働く人材にはありがちの、「自分がいなくちゃ仕事はまわらない」という思い込みと「穴が空いても仕事は通常通りまわる」という事実に囚われているわけではなかったが、ほんの一パーセントでも誰かに迷惑をかけてしまうのなら――もとい、誰かの世話にならなければいけないのなら、それは我慢ならない。


「・・・・・・シンク?」


気がつくと、赤い瞳が自分を見上げていた。そこでようやく、自分の思考が滞っていたことに気がつく。
そう、自分は次の遠征についての会議を終え、自室へと戻る途中だったはずだ。


「どうかした、の?」


不安げな瞳を見下ろして「何でもないよ」と返してやる。そうして歩き出してみれば、急激な眩暈が襲ってきた。
やばい、と思ったときにはすでに遅し。体重を支える足の力がふっと抜け、重力に従って体が崩れ落ちる。


「シンクっ!」


彼女の声が遥か遠くから聞こえたような気がした。




「風邪、だな」


いつものようにひんやりと冷たいリグレットの声が呆れたように告げる。その横で今にも泣きそうな表情をしたアリエッタが立っていて、ベッドに寝かされたシンクはその心配そうな眼差しから逃げるように毛布を被った。その様子にリグレットは溜息をつく。


「まったく。こんな高熱が出ているのに、平気な顔して仕事をしたり会議に出たり。仕事熱心で真面目なのはいいが、無理をして倒れたら元も子もないだろう」
「シンクっ・・・・・・無理はだめ、です・・・・・・」


リグレットの冷たい、しかし若干の気配りを含んだその言葉と、アリエッタの涙声にばつの悪い様子で、シンクは「わかってるよ・・・」と呟く。普段よりも高い自身の体温で温まったベッドの中で身じろぎをし、二人から完全に背を向けた。


「今日明日は安静にしていた方がいい」と言い残してリグレットが出て行ったが、アリエッタは相変わらずベッドの脇に張り付いてはなれない。背後から伝わってくる気配に少しだけどきどきする。出て行ってくれれば、もっと安静にしていられるのにと彼は密かに思う。


「シンク・・・・・苦しい、ですか?」
「そうでもないけど・・・・・・少しだるいだけ」
「・・・・・・何か、欲しいものとか、ある?」
「え?」


後ろを振り返る。視線がかち合う。


「えっと、た、食べ物とか・・・・・・」
「ああ・・・・・・そうだよね」


他に何があるというのか。馬鹿みたいな自分に、シンクは舌打ちをする。思考が鈍っているのは熱のせいなのか、彼女がそばにいるからなのか。今なら、馬鹿みたいではなく、正真正銘の馬鹿にだってなれてしまいそうな気がした。出来れば、そうなりたくはないのが本音ではあるが。
黙り込んでしまったシンクに、アリエッタが戸惑う気配が伝わる。


「あの、シンク・・・・・・」
「別に、いいから」


呟かれた言葉。拒絶の言葉なのかと小さく肩を震わせたアリエッタに、更に言葉が降り注ぐ。


「アンタがそこにいてくれれば・・・・・・それで、いいから」


我ながら似合わないというか、よく恥ずかしげもなく言えるな、と内心では思ったが、しかし、たまにはいいかと思い直す。すべて熱のせいにすれば、それで。


ちらりとアリエッタを見ると、彼女は目を丸くしてシンクを見たあと、嬉しそうに微笑んで、小さな声で「はい」と言った。


いつも以上に心臓が彼女に対して反応するのも、柄にもない台詞を吐いてしまうのも、そして、こんな時間も、たまにはいいかと思ってしまう。明日になればまた、素直じゃない自分がいる。だから今日だけは、今だけは、全部、熱のせいにして。


「そばにいる、です・・・・・・」


その言葉を聞いて、シンクはそっと目を閉じた。






end








ユメ様より頂きました、Thanks1000hit企画第三弾でした。
リクエストは「甘々」「シンクが風邪」というキーワードでしたが、如何でしたでしょうか。
いつも以上に書けない期間なりにうんうん唸りながら書いた精一杯のものなのですが・・・(汗)
あまり甘くない上に「風邪」というキーワードを生かせていないのでどうなのかなこれ!みたいな感じはありますけれども
少しでも気に入っていただけると幸いです。

リクエスト、ご拝読、共にありがとうございました。また、執筆が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。





2006.9.24 ありさか