ティアは、ジェイドに従順である。
彼が名前を呼ぶと、誰と話していても何をしていても「はい」と返事をして、すぐに駆け寄って来る。初めからそうだったわけではない。ある日、ジェイドの呼ぶ声に返事をしておきながら、他の人物との会話に時間をとられてなかなか迅速に行動出来なかったことがあった。その時、すみませんと謝罪をしたティアに向かって、彼は言ったのだ。
「私が呼んだ時は、すぐに来るよう、お願いしますよ」
嫌味なわけではなかった。そうしろと押し付けているわけでも、懇願しているわけでも、もちろん、なかった。ただ、自然と言葉が紡がれて発音されたのだ。彼自身、意識していないうちに。
少しだけいつもより目を大きく開いて見せた彼女に微笑みかけながら、ああ、これが嫉妬というのか、と彼は考えた。いい年をして嫉妬というものの認識が遅く、ましてやその感情を自分より遥か年下の少女に抱くなど、到底馬鹿げているように思えた。しかし、一度認識してしまうとそれは確かに彼女に抱いた嫉妬であり、しかも厄介なことに、一時の気の迷いとして処分出来るほどの簡単な気持ちではないようだった。
彼女は、あまりにも彼に従順である。
近頃では名前を呼んだ時だけではなく、ジェイドが言う一つ一つのことに「はい」と言って同意し、時には従って動く。ジェイドは、地位からいえば彼女よりもずっと上だし、年齢的にも目上の人物であることは間違いない。だからといって直属の上司でもあるまいし、どんな命令でも聞かなければいけないということはないが、彼女のことだ、地位も年齢もずっと上の人間に一度、注意されてしまったということで気を使い、余計に従順になっているのだろうと、ジェイドは予測した。
彼女があまりにも従順であるから、彼はときどき、こう言ったらどうするだろう、と想像し、考える。
たとえば、彼女ととても仲の良いあの赤毛の青年とは、少し距離をおけ、だとか。自分のそばにいて片時も離れるな、だとか。自分以外の人間を見るな、だとか。
馬鹿らしい考えだとは思う。きっと彼女とてそれには従わないだろうとも思う。が、言ってみた時の彼女の反応を見てみたい気もした。怒るだろうか。驚くだろうか。冗談だと思うだろうか。嫌われる、だろうか。
いつも、言ってみたいと思う。だが、未だに実行できたことはない。嫌われるのが、怖いのかもしれない。
怖い、という感情は彼にとってとても珍しく、そして新鮮な感情だった。
ある日、ジェイドはティアに呼ばれた。だが彼はちょうどその時、アニスとの会話の真っ最中で、それを区切って彼女の元へ行くのに少し時間がかかってしまった。彼が「すみませんねぇ」といつもの微笑を浮かべつつそばに行くと、彼女は言った。
「私が呼んだ時は、すぐに来ていただけませんか、大佐?」
ジェイドは驚き、少しだけ目を大きく開いてティアを見た。彼女は真剣な表情を作ろうとしているようだったが、その口元はおかしそうに緩んでいる。まるで、「してやったり」とでも言いたげだ。
一拍間を置き、いつもの微笑みを浮かべたジェイドは、「はい」と従順に返事をした。
彼は、彼女に従順になる。
end
この二人はお互い、緩く束縛し合ってればいいよ。
2006.7.21.ありさか
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